ー送粉者から読み解く花の多様性ー
送粉者の多様性は被子植物の花の多様性を理解する第一歩です。花と送粉者の関係性を紐解く送粉生態学は150年近い歴史を持ち、マクロ生物学の中では非常に理解の進んだ分野の一つです。
一方で、送粉生態学は主にハナバチや鳥などの特定の(目につきやすい、身近であった)送粉者を対象に発展してきた学問であるため、ハエや狩りバチ、ガなどのマイナーな送粉者の役割や、それらに対する植物の適応はあまりよく分かっていません。
私は、これまで日の目を浴びてこなかった、日陰者の送粉者たちと植物の未知なる相互作用を明らかにするべく、フィールドワーク、系統解析や親子解析等の遺伝子実験、花の匂いの分析などの化学実験を組み合わせて、研究を行っています。
主な研究キーワード:送粉者、適応、形質、花の匂い、ガガイモ亜科、ハエ、擬態
手法:野外観察、系統推定、GC-MS、SEM、昆虫・植物の標本作成など
キノコバエ媒送粉シンドローム
キノコバエ類はキノコバエ科やクロバネキノコバエ科など、ケバエ上科のいくつかの科を含むグループで、5mm程度の双翅目昆虫です。幼虫期には菌類の子実体や菌糸、コケ等を食べるため、湿潤な森林の林床や渓流に数多く棲息しています。キノコバエを花序に誘い込んで送粉させるテンナンショウ属が知られるように、キノコバエに送粉される植物は、無報酬の植物が多く知られていました。
私たちは、キノコバエに受粉される植物の多くが暗赤色の変わった色合いをしていることに注目し、アオキやサワダツなど、暗赤色の花をもつ5科7種の植物がキノコバエに受粉されることを示しました。これらの植物は、色だけでなく、短い花糸、露出した蜜腺、平たく同じような花サイズなど、形態も非常に類似していることという特徴があります。花を訪れるキノコバエの多くは、前脚の基節にまとまって花粉を保持しており、いずれの植物を訪れた時にも、同じ仕組みで花粉を運搬していることがわかりました。このことから、共通した花の形態はキノコバエによる花粉運搬に効率的なものだと考えられます。
さらに、ニシキギ属植物において赤色花と近縁な白色系の花をもつ植物で花形質と送粉者と比較したところ、キノコバエによる送粉と、「赤い花、短い花糸、アセトインの放出」という3つの花形質がかかわりを持って進化してきた可能性が明らかになりました。これは、キノコバエ媒花がもつ花形質が、キノコバエへの適応に伴う送粉シンドロームである可能性を強く示唆しています。
研究対象:アオキ科、ニシキギ科、ユキノシタ科、ユリ科、マンサク科
参考文献:Mochizuki & Kawakita. (2018) Annals of Botany; Mochizuki et al. (2023) Annals of Botany
関連外部資金:研究活動スタート支援 (課題番号 18H06075)

キノコバエに送粉される5科の日本産植物にみられる送粉シンドローム

ニシキギ属では、キノコバエ媒の送粉様式の獲得に伴って、赤色の花弁、短い花糸、花の匂い(アセトイン)が平行進化する

アジア産ガガイモ亜科植物の送粉生態
被子植物においてラン科とガガイモ亜科植物は、数百の花粉の粒子がパックされた「花粉塊」を単位として花粉の授受を行います。ガガイモ亜科植物はおよそ17%の種について訪花者についての報告のある、最も送粉生態学的知見の多い分類群ですが、近年になっても全く新しい送粉システムがしばしば発見されます。特に、アジアは種多様性のホットスポットの一つですが、他の地域に比べて研究は遅れています。
Mochizuki et al., (2017)では、奄美大島での研究から、サクララン属サクラランがもっぱら大型のガ類の脚によってのみ花粉塊の運搬が生じることを明らかにし、サクララン属の高度に複雑化した花形態が「脚による送粉」と関連していることを指摘しました。最近、脚による送粉がどれくらい一般的なのか、サクララン属の多様な花形質と送粉者との関りはどのようなものか、東南アジア諸国に繰り出して調査を行っています。

研究対象:キジョラン連(サクララン属、マメヅタカズラ属、キジョラン属)、カモメヅル属、イケマ属など
参考文献:Mochizuki et al. (2017) American Journal of Botany; Mochizuki & Taneda-Watanabe (2025) Journal of Plant Research; Mochizuki et al. Arthropod-Plant Interactions, in press; 
関連外部資金:第30回植物研究助成、令和4年度琉球大学熱帯生物圏研究センター「共同利用・共同研究事業」(A-2若手), 若手研究(課題番号:24K18176)
ソモメノカズラ
ソモメノカズラ
サクララン
サクララン
送粉者としての双翅目昆虫と植物の適応の多様性
双翅目昆虫は、ハナバチに次いで多くの植物の花粉運搬を担っていると考えられていますが、双翅目と花の関係性は驚くほどわかっていません。ハナバチで築きあげられてきた現在の送粉生態学の理論が、双翅目媒花にどれほど適用できるかは不明です。
双翅目昆虫が送粉者として特異なのは、その分類学的・生態的多様性にあります。ハナバチ、チョウ、鳥などの送粉者はせいぜい5科程度の分類群ですが、双翅目においては、70科以上が訪花性をもちます。また、訪花行動をとる双翅目昆虫は、蜜や花粉などの花資源に依存して暮らしているかというとそうでもなく、幼虫期には腐食性、腐植性、菌食性、食植生、寄生性、成虫期には吸血性、労働寄生性、蜜食性など広範な生活史をもちます。こうした多様な生活史をもつ双翅目を呼び寄せるために、植物は様々な戦略ー例えば擬態ーを展開している可能性があります。
私は、特に花の匂いに着目して、植物が双翅目昆虫を誘引する戦略の多様性を解明しようと目論んでいます。
研究対象:ガガイモ亜科植物、キノコバエ媒シンドローム
​​​​​​​関連外部資金:若手研究 (課題番号 20K15859), 若手研究(課題番号:24K18176)
参考文献:Mochizuki et al. Arthropod-Plant Interactions, in press; Mochizuki in revise.
オオカモメヅル
オオカモメヅル
タチガシワ
タチガシワ
赤い花と送粉者多様性
花の色は送粉者を誘引する重要な要素の一つです。明るい赤色の花は鳥やチョウと関わりがあることが古くから知られていました。一方で、鳥やチョウに送粉されるものとは明らかに違う、暗い赤色の花:暗赤色花は、体系として研究されたことがありませんでした。私たちは、キノコバエ媒シンドロームの研究から、暗赤色花の一部がキノコバエに送粉されることを見出しましたが、残された多様性は未知なままです。暗赤色花の送粉者を網羅的に調べ上げることで、その進化と生態に迫りたいと考えています。
研究対象:赤色の昆虫媒花全般。世界中どこでも。
参考文献:Mochizuki (2024) Ecology
ちょっと植物分類学
送粉の研究をする中で、どうしても植物分類学的な整理が完了していない分類群に当たることがあります。
そんな時は共同研究者の力を借りながら、出くわした植物の問題に取り組むような分類学の仕事をすることもあります。
参考文献:Mochizuki & Nakahama (2023) Japanese Journal of Botany; Ohi-Toma & Mochizuki (2023) Japanese Journal of Botany; Mochizuki  et al. (2024) Phytokeys; Ohi-Toma & Mochizuki under review
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